震災後しばらくは、すべての既存の音楽や小説などはその意義を失ったと感じ、接する気がしなかった。311以前の普遍的世界を前提とした個人の感情の記述をいまさらトレースしたところで、そこに311以降に出現した新しい世界を生きていく何か有意なものがあるようには到底思えなかったからだ。
しかしながら時が経つにつれ、とてつもない大きな災禍といえど、受け止めるのは個々の人間ひとりひとりでしかないことに気づき、であるならば例えば個人的喪失、といったキーワードでも311以前の作品ともつながれるのではないかと考えるようになった。
たとえばクラプトンならアルバム「ピルグリム」。アーティストのプライベートからアルバム成立の過程をさぐるという反則技を抜きにしても、このアルバムの暗さ、喪失感はすごい。暗いときこそ明るい音楽を、というのはマスコミュニケーションでの常套句だが、暗いときに暗い音楽にひたるというのも明らかに効果のある療法ではあろう。
なかでもティアーズ・イン・ヘブンとセットで語られることの多い「サーカス」の歌詞には引き込まれる。歌の主人公の子供時代の感情と父親としての現在の感情とがオーバーラップし、連綿と続く親子の心の交流が年代を超えて浮かび上がってくる。わあっと泣き叫びたくなるような無防備な激情にさらされながらも、父親としての覚悟と暖かさが静かに世界を包み込んでくる。
いろいろなサイトに訳詞が載っているようだが、1行目の Little man with his eyes on fire は「火に目を向けてる小さな男」というよりは「喜びに光り輝く坊やの目」といったニュアンスだろう。

■収録アルバム:ピルグリム